笹本恒子の長寿の秘密は食事とワインと手作りと恋!「毎日ノート」とは?

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笹本恒子さんは、女性報道写真家第一号と言われています。

まだ女性の社会進出がままならない時期から、日本女性の先頭にたって「好奇心」のおもむくままに様々なことに挑戦し続けてきた方です。

その笹本恒子さんが、2022年8月15日、老衰により天国に旅立たれました。

享年107歳!

笹本恒子さんの長寿を支えたものは何だったのでしょうか。

「食事」「ワイン」「手作り」そして「恋」がキーワードのようですよ!

さらに「毎日ノート」と呼ばれるノートを長年つづられていたようです。

「毎日ノート」とはどんなものだったのか、ご紹介していきます。

▽この記事でわかること▽
■笹本恒子の長寿の秘密①食事
■笹本恒子の長寿の秘密②ワイン
■笹本恒子の長寿の秘密③手作り
■笹本恒子の長寿の秘密④恋
■笹本恒子「毎日ノート」とは?
■笹本恒子のプロフィール
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笹本恒子の長寿の秘密①食事

100歳を超えても、生涯現役!とばかりに、精力的に活動をされていた笹本恒子さん。

そんな笹本恒子さんの長寿の秘密のひとつめは「食事」にあるようです。

「ワインに合うお肉料理が好き。

年をとったら菜っ葉とお豆腐がいいなんて言うけれど、それはとんでもない話。

ちゃんとタンパク質や脂肪もとらないといけません」。

ご飯よりもパンが好きで、朝食の定番はコーヒーとバターたっぷりのクロワッサン。

引用元:ESSEオンライン


食事は、お肉料理を好んで食べて、油も積極的にとるようにしているそうです。

つまり、高齢者に不足しがちなたんぱく質をしっかりとって、さらに、良質の油を適量に、ということ。

お肉も、しっかり100gくらいは食べると聞いて、この年齢でもお元気なことに納得!

一方で、ごはんやパンなどの炭水化物は、ほとんど食べない。

とはいえ、朝はパンと決めているそうで、お気に入りはバターをたっぷり使ったクロワッサン!

美味しいもの、好きなものを、我慢せずに楽しんで食べる。

それが、ストレスの少ない、ご機嫌な毎日を過ごす秘訣なのですね。

そうして、ご機嫌な毎日を過ごすことが、きっと長寿へとつながっていくんでしょう!

私事ですが、亡くなった自分の祖父母が、晩年どのような食生活をしていたのかと思い返すと、あまり肉を食べていなかったように思い、母に聞いてみました。

すると、お肉はあまり食べなかったと言っていました。

理由を聞くと「歯が悪かったからかな」との答えが。

もしかしたら、笹本恒子さんは、歯が強く健康だったのかもしれません。

歯が丈夫だと、しっかり噛めて、きっといつまでもお食事を楽しむことが出来るのでしょうね。

「人間、歯が大事!」と改めて思いました。

笹本恒子の長寿の秘密②ワイン

笹本恒子さんが約40年以上も続けていたのは、毎晩グラス1杯の赤ワインを飲むこと!

この習慣も、笹本恒子さんの長寿の秘密ですよね!

ホームで暮らしている今でも、ご自分のお部屋に素敵なワインセラーを置いて、楽しまれていたそうです。

なんてオシャレで、ハイカラなおばあちゃまなのでしょうか!

こちらの動画では、とっても美味しそうにワインを楽しまれている笹本恒子さんの姿を見ることができます↓↓↓

笹本恒子さんが、毎日ワインを飲むようになった理由やきっかっけは、インタビュー記事などを調べても分かりませんでした。

単純に好きだったからなのか、身体に良いと思って習慣にされていたのか、わかりません。

しかし「ワインが寿命を延ばす」というのは、本当のことのようですよ!

赤ワインの、抗酸化作用については有名ですが、さらに健康に良いとされているのは「レスベラトロール」という名前のポリフェノールだそうです。

フランスの大学で行われた研究で、毎日300~500cc程度の赤ワインを飲み続けることによって、認知症の発症リスクが約5分の1、アルツハイマー症の発症リスクが4分の1、死亡率が約30%低下していたといい、この効果を生み出しているものの1つが、「レスベラトロール」だそうです。

赤ワインの寿命に関する効果についてもっと詳しく知りたい方は、こちらをご一読ください!
参考記事:日経Goodday

笹本恒子の長寿の秘密③手作り

笹本恒子さんが、生涯楽しんでいたことのひとつが「手作り」です。

手先を使って、そして頭を使って、色々なものを手作りされていて、さらにそれを心から楽しんでいらっしゃいます。

これも、間違いなく長寿の秘密のひとつと言えそうですよね!

笹本恒子さんが過去に出演されたテレビ番組や、授賞式などで着ている服やアクセサリーは、たいていが自分で作られたものです!

アフリカや東南アジアの民族衣装で使われているような記事を使ったものも目立ちます。

それが、めちゃくちゃ似合っていて、さっそうと着こなしているのがとってもかっこいい!

100歳を過ぎてベストドレッサー賞を受賞されたのにも納得です。

若い頃は画家を目指していた笹本恒子さん。

しかし絵では食べていけないと言われて、洋裁を学んだ時期がありました。

その時の経験から、オーダー服のサロンを開いたり、100歳を過ぎてからも自分の洋服を作るなど、とても器用に手作り生活を楽しんでいらっしゃいます。

フラワーデザインや、インテリアを学んだり、とにかく興味を持ったことはやってみたい!を繰り返してきた笹本恒子さんは、いつもパワフル!

年齢を言い訳にせずに、興味を持った色々なことにチャレンジし、楽しんでいらっしゃる様子を見ていると、私もまだまだなんでもやれる!!!という気持ちにさせてもらえます!

好きなことを学ぶのに年齢制限はありません。

私がインテリアの学校に行ったのは50歳のとき。

どんな習い事も、先生よりうまくなろうと思ってやってきました。

そういう意味では欲ばりかもしれないですね」

引用元:ESSEオンライン

本業の写真もそうですが、何かを「作る」「生み出す」ことが好きで、得意な方なのでしょうね。

発想豊かで、柔軟な考えの持ち主なのだと思います。

そして、その豊かな発想力と好奇心を絶やさないことが、笹本恒子さんの長寿の秘密ですよね!

 

笹本恒子の長寿の秘密④恋

笹本恒子さんが、過去に「徹子の部屋」に出演された際に、「恋バナ」をされています。

その様子が、とってもチャーミングで、当時とても話題になりました。

ご高齢になっても「恋」をするというのは、絶対に生きるエネルギーになりますよね。

これも、笹本恒子さんの長寿の秘密のひとつでしょう。

笹本恒子さんは、1941年に結婚され、4年後の1945年に離婚されています。
(10年後に離婚された、という情報もあります)

その後、もう一度結婚されていますが、ご主人に先立たれて以来、30年以上一人暮らしをされていました。

そんな笹本恒子さんが「徹子の部屋」で語ったのが、90歳前後に知り合ったフランス人の彫刻家とのラブロマンス!

南フランスで知り合った二人は、文通をしながら少しづつ親しくなっていったそうです。

しかし、笹本恒子さんが96歳の時に「I LOVE YOU」と書いて出したクリスマスカードが最後のお手紙になってしまいました。

というのも、その翌年1月に、お相手の方が亡くなってしまったからです。

笹本恒子さんがクリスマスに出した手紙が、彼の元に届いて、亡くなる前に読んでもらえたのかは分からないそうです。

軽い口調で「文通していた」と話している笹本恒子さんですが、外国語も使いこなしていらっしゃったのですね。

笹本恒子さんの年齢を考えると、当時は女性で高等教育を受けられる方はそれほど多くはなかったはず。

100歳を超えた方が、英語でフランスの方と文通をされていたなんて素敵すぎます!

実際に、90代になっても、ニューヨークやパリを旅した笹本恒子さん。

100歳を超えてからも、体調さえ良ければ、まだまだ海外へ行くことも夢見ていたそうで、自室には地球儀が置かれていたそうです。

笹本恒子の「毎日ノート」とは?

笹本恒子さんは、「毎日ノート」というものに、今後自分が取材したい人や、気になること、
興味を持ったことを毎日書き込んでいたそうです。

新聞を読んでいて気になった記事があれば、キレイに切り抜いて、きちんとファイルに整理されています。

そうやって、いつまでも好奇心旺盛で、毎日を過ごされていたことが、生涯現役!という気持ちを持ち続けられた秘訣かなと思います。

笹本恒子のプロフィール

笹本さんは、過去に受けたインタビューで、離婚した元夫のことに言及されています。

これまで生きてきて、一番の「ミステイク(失敗)」はこの最初の夫と離婚してしまったことだそうです。

この時のご主人は、笹本恒子さんと同じくカメラマンだったそうで、報道写真家としての活動に対しては理解のある方だったそうです。

詳しいことは語られませんでしたが、戦前から「職業婦人」として第一線で働いてこられた笹本恒子さん。

多くの才能を持っていた方がその実力を発揮させるためには、ご主人が理解のある方だったとしても、周囲の理解を得るのがとても大変だったことは、想像に難くないですよね。

氏名 笹本恒子(ささもと つねこ)
生年月日 1914年9月1日生まれ
死没日 2022年8月15日(享年107歳)
出生地 現在の東京都品川区
職歴 *東京日日新聞(現在の毎日新聞)の挿絵のアルバイト
*1939年東京日日新聞に仮入社
*1940年財団法人「写真協会」入社
(女性報道写真家第一号)
*1941年「写真協会」退職し結婚
*1945年離婚し千葉新聞で写真家復帰
*1946年フリーフォトジャーナリストへ
*1950年「日本写真家協会」創立会員
(約20年間カメラマンの仕事から離れる)
*1985年写真家復帰
主な受賞歴 *2001年
第16回ダイアモンドレディー賞受賞
*2011年
吉川英治文化賞受賞
*2014年
第43回ベストドレッサー賞特別賞受賞
*2016年
米国のルーシー賞受賞
(ライフタイム・アチーブメント部門賞)
写真集 *「昭和・あの時・あの人」
*「きらめいて生きる明治の女性たち」
*「ふだん着の肖像 昭和20-30年代を彩った100人」
*「輝く明治の女たち“いま”に生きる45人の肖像」
*「夢紡ぐ人びと 一隅を照らす18人」
著書 *「ライカでショット!お嬢さんカメラマンの昭和のスナップ」
*「ライカでショット!お嬢さんカメラマンの昭和奮闘記」
*「好奇心ガール、いま97歳」
*「97歳の幸福論。ひとりで楽しく暮らす、5つの秘訣」
*「100歳の幸福論。ひとりで楽しく暮らす、5つの秘訣」
*「好奇心ガール、いま101歳 しあわせな長生きのヒント」
*「103歳。どこを向いても年下ばかり いつでもときめいて生きる」

残念ながら、私は笹本恒子さんの本を手にとったことがないのですが、著書のタイトルを見ただけで読みたいものばかり!

皆さんも、100歳を超えても最後までパワフルで、魅力たっぷりの笹本恒子さんが残してくださった言葉の数々を読んでみませんか?

まとめ

日本の女性報道写真家第一号の笹本恒子さん。

その笹本恒子さんが、2022年8月15日、老衰により天国に旅立たれました。

享年107歳!

笹本恒子さんの長寿を支えたものは何だったのでしょうか。

「食事」「ワイン」「手作り」そして「恋」というキーワードを頼りに、笹本恒子さんの人生を辿ってみました。

女性の社会進出がまだまだほとんどなかった時代、職業婦人の日本女性の先頭を歩いてくださった笹本恒子さん。

いつも好奇心旺盛で、エネルギッシュで、それでいてチャーミングなお人柄が伝わってきますね。

100歳超えても、「毎日ノート」と呼ばれるノートで、これからしたいことを書き留めていらっしゃいました。

生涯現役を実践された笹本恒子さんから教えていただけることは、とてもたくさんありそうです。

 

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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