橘田健人の中学はどこで高校は神村学園!成績や経歴を徹底調査!

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2021年にJ1デビューしたサッカー選手のうち、最も注目されている一人が、川崎フロンターレ所属の橘田健人選手です。

橘田健人選手は、鹿児島出身で、地元の中学卒業後、九州の強豪校である私立「神村学園高校」へ進学。

その後は、横浜の「桐蔭横浜学園大学」に進学し、川崎フロンターレに加入しました。

そんな橘田健人選手の中学・高校時代の成績や経歴を徹底調査!

▽この記事でわかること▽
■橘田健人選手の中学はどこ?
■橘田健人選手の高校はどこ?
■橘田健人選手の成績や経歴は?
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橘田健人の中学はどこ?

橘田健人選手は、地元霧島市の小学校を卒業後、霧島市立舞鶴中学校に進学。

この地元中学で黙々とスキルを磨いたといいます。

中学・高校時代というと、多くのJリーガーがサッカースクールに所属して経験を積むことを選んでいますが、橘田健人選手は学校の部活でサッカーを続けました。

舞鶴中学校のサッカー部は、鹿児島県内では常に良い成績を残しているチームの一つです。

「サッカー部の強い中学ランキング(鹿児島県)」では、4番目にその名前があります。

そんな学校に所属し、九州地区のトレセンに選出されていますので、橘田健人選手は、その頃から注目されていた選手だったのは間違いないでしょう。

また、その当時トレセンのコーチをしていたのが、中学時代の監督でした。

その監督の勧めで、鹿児島のサッカー強豪校である「神村(かみむら)学園高校」への進学を決めたそうです。

こちらのTwitterの投稿は、橘田健人選手が高校3年生の時のものですが、1枚目の写真(黄色のユニフォーム)は中学時代の橘田健人選手です!

※トレセン制度とは
日本のユース育成の中心的役割を果たしているのが「トレセン制度:ナショナルトレーニングセンター制度」です。
「日本サッカーの強化、発展のため、将来日本代表選手となる優秀な素材を発掘し、良い環境、良い指導を与えること」を目的に始まったこの制度は、さまざまな変革を行いながら、組織的にも活動内容においても充実したものとなり、トレセンを経験した選手から各年代の日本代表選手の多くが選出されるようになりました。
引用元:JAF.jpのサイトより抜粋

橘田健人の高校は神村学園!

橘田健人選手は、中学卒業後、鹿児島市内にある私立高校「神村学園高校」に進学します。

神村学園は、幼稚園、小学校、中学校、高校、専修学校まである創立60年超の学校で、文武両道を謳い、部活動に力を入れているようです。

学校のホームページを見ると、各部活の輝かしい成績が掲載されています。

サッカー部に関しては、平成18年度からの成績が記載されています。

それによると、平成18年度以降の全国高校サッカー選手権大会に関する成績は以下の通り。

平成18年度 第85回大会出場 全国第3位!
平成21年度 第88回大会出場 全国ベスト8!
平成22年度 第89回大会出場
平成25年度 第92回大会出場
平成29年度 第96回大会出場 全国ベスト16!
平成30年度 第97回大会出場
令和元年度 第98回大会出場
令和2年度 第99回大会出場 全国ベスト16!
令和3年度 第100回大会出場

神村学園高校が「サッカー強豪校」であることは一目見てわかる成績ですよね。

でも、この歴代の成績の一覧をよく見ると。

橘田健人選手が在籍した平成26年~28年の3年間、そこだけ見事に全国に行ってない!!!

学校ホームページ内で、橘田健人選手が在学中の3年間のサッカー部の成績に関する記述は以下の通り。

平成26年度(高校1年) 記載なし
平成27年度(高校2年) 鹿児島県高校新人サッカー大会 優勝
平成28年度(高校3年) プリンスリーグ 第3位

※プリンスリーグとは:高円宮杯 JFA U-18サッカープリンスリーグのこと。

今、川崎フロンターレで大活躍している橘田健人選手ですが、全国大会経験者じゃなかったんですね!

というわけで、橘田健人選手の高校時代について、さらに深堀りします!

橘田健人の高校時代の成績や経歴は?

橘田健人選手は、高校に在籍していた3年間、全国高校サッカー選手権大会には出場できませんでしたが、様々な成績を残しています。

それらの成績と経歴について、詳しくご紹介します!

鹿児島県代表として国体に出場

橘田健人選手は、高校1年生の秋に長崎で開催された第69回国民体育大会「長崎がんばらんば国体2014」に鹿児島県代表として出場しています。

この時、歴史に残るジャイアントキリングを経験しています!

【ジャイアントキリング
スポーツの試合などで明らかに格上の相手から(大方の予想を覆して)勝利をもぎ取る、いわゆる「大番狂わせ」を意味する。

1回戦で、埼玉県代表と対戦した鹿児島県代表。

優勝候補の筆頭だった埼玉県代表を撃破したこの試合は大変注目されました。

格上と言われていた埼玉に対して

「絶対に世間を驚かせてやる!」

「ジャイアントキリングを起こしてやろう!」

と、全員で誓って臨んだ大勝負。

当時、橘田健人選手の名前を世に知らしめた試合の1つであるのは間違いないでしょう!

背番号10番の橘田健人選手の活躍ぶりを書いたゲキサカの記事を発見!

【1回戦】
前半13分、鹿児島県はMF橘田健人(神村学園高1年)の右サイドへの大きな展開から攻撃をスピードアップ。
FW中村英貴からのパスを受けたMF七呂拓実が中央へ切れ込むと、ヒールで橘田へと落とす。
スペースへボールを持ち出してから右足シュートをゴール左隅へねじ込んで先制点を挙げた。
橘田は守備面でも相手の1ボランチ、山田陸へのプレスを徹底。
埼玉の攻撃のリズムを狂わせた。
攻守に奮闘し、「強かった。一人ひとりが上手かったです」という“格上”埼玉撃破に貢献した。
引用元:ゲキサカの記事を抜粋
【2回戦】
福岡県代表 1-2 鹿児島県代表
[福]永野雄大(68分)
[鹿]中島宏大(29分)、橘田健人(70分)
【準々決勝】
群馬県代表 1-0(延長)鹿児島県代表
[群]落合太輝(88分)
ともに06年のU-16大会移行後初の4強入りを狙う群馬県対鹿児島県戦は延長戦の末、1-0で群馬県が勝った。
11分、右アーリークロスがPAのFW向井遼児(鹿児島中央高1年)まで届き、15分には右サイドからのパスを受けたMF橘田健人(神村学園高1年)が自ら打ったこぼれも拾って連続シュート。
しかし、ゴールならず。
引用元:ゲキサカの記事を抜粋

残念ながら、延長の末に準々決勝敗退となってしまいましたが、高校1年生ながらチームの中心メンバーとして活躍していた様子が伺えますね。

高校3年生でプロの夢はお預けに

高校卒業後、プロサッカー選手になることを目指していた橘田健人選手でしたが、残念ながら、この時にはプロからのオファーはなく、プロになる夢はいったんお預けとなりました。

橘田健人選手が入学してから、県大会予選でどうしても優勝できなかった神村学園。

しかし、橘田健人選手が高校3年生で挑んだ最後の第95回全国高校サッカー選手権予選大会では、地方予選の段階で、その年の注目選手の一人として取り上げられています。

【MF橘田健人(神村学園高3年)】
「2列目からの繰り出す高精度のパスで周囲を活かす九州屈指のプレーメーカーだが、早期敗退となった県総体以降は、有村圭一郎監督から『勝負を決定づける選手になれ』とハッパをかけられことで得点力もアップ。
夏以降は『どこ行っても別格だね。選手権に出てきたら注目選手だねと声をかけられる』(有村監督)程の輝きを見せる」

高校最後に全力で臨んだ鹿児島県予選では、決勝戦で敗退。

全国大会への道は閉ざされてしまいました。

この時に全国に出ていれば・・・と言っても仕方がないのはわかっていますが、ここに運命の分かれ道があったのは事実でしょう。

とはいえ、有村圭一郎監督のもと、神村学園での3年間で、橘田健人選手はドンドン進化!

フロンターレ入団後「影響を受けた指導者は、高校時代に指導してもらった有村圭一郎監督」と答えています。

全国大会にはいけませんでしたが、高校時代にはすでに全国区でも知る人ぞ知る存在だったのですね。

高校卒業のタイミングでは、プロからのオファーはなく大学進学の道に進むこととなった橘田健人選手。

当時の橘田健人選手の気持ちはどうだったのか分かりませんが、結果的には桐蔭横浜学園大学でサッカーの技術を磨きながら進化し続け、大卒ルーキーとして川崎フロンターレに入ってプロサッカー選手になる夢を叶え、さらにプロ1年目から大活躍!

今後も日本を代表するサッカー選手になる人材だと確信しています!

サッカーを始めたきっかけは?

橘田健人選手が、なぜサッカーを始めたのか。

それは、野球をやるのが嫌だったから!

家族の中での橘田健人選手は、兄・姉に続く次男であり、末っ子。

お父さんは、地元の少年野球の監督をされていて、お兄さんは野球少年。

お兄さんがお父さんから厳しく野球を指導されている様子を見て

僕は野球は嫌だ!

僕は別のスポーツを選ぼう!

というのが、サッカーを始めた理由とのこと。

きっと、お父さんは息子二人と野球をやりたかったでしょうね(笑)

そんな事情で、6歳の時に国分西サッカースポーツ少年団に入団。

サッカー少年としての生活が始まりました。

「お父さんから叱られずにすむ」と思って始めたサッカー。

それなのに、実はお父さんはサッカー経験者でもあったようです。

お父さんのスポーツ経歴は、見つけることが出来ませんでしたが、監督として子供たちに指導されていたくらいですから、サッカーより野球歴の方が長いのかなと思います。

いずれにせよスポーツ万能な方なのでしょう。

そんなわけで、作戦失敗?想定外?で、お父さんからサッカーについて色々と指導されることもあったらしいです。

「父は、車で試合の送り迎えをしてくれていたのですが、帰りの車でその日のプレーについて色々言われることもあった」

父親のことを、ちょっとうるさく感じた時期もあったのかもしれませんが、野球の監督を務めながらもサッカーの送り迎えをしえくれた父親に感謝しているとのこと。

フロンターレの公式サイトの中で、初めてのお給料の使い道は?と聞かれて「親への恩返しです」と答えていることから、親子関係は良好のようですね。

橘田健人のプロフィール

昨年2021年シーズンは、プロ入り1年目にして徐々に出場時間も増え、後半戦になるとレギュラーに定着!

チームのリーグ戦連覇に貢献してくれました!

2年目の2022年シーズンも大注目の橘田健人選手のプロフィールをどうぞ!

氏名 橘田 健人 (たちばなだ けんと)
生年月日 1998年5月29日
出身地 鹿児島県霧島市
血液型 A型
身長/体重 168㎝/65kg
利き手/足 右/右
好きな果物 パイナップル
好きなお菓子 チョコレート
好きな食べ物 カレーライス
好きな芸能人 千鳥/広瀬すず
好きな映画 弱虫ペダル
ポジション ミッドフィルダー

2022年3月16日付の発表では、2022年シーズンの新しいユニフォーム人気ナンバー1は橘田健人選手でした!

まとめ

今回は、現在川崎フロンターレで大活躍中の橘田健人選手について、ご紹介しました。

地元中学で基礎となるテクニックを磨き、鹿児島の強豪校「神村学園」でさらに着実に力をつけた橘田健人選手。

高校時代は全国大会に出場する夢は果たせず、高校卒業時にはプロサッカー選手になることは出来ませんでしたが、大学を経て、今では日本中から注目されるサッカー選手になりました。

そんな橘田健人選手に、これからも注目し、応援していきたいと思います!

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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